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2018年 11月 01日 ( 1 )

 

歌う時だけハッキリしっかりシャッキリ。

病院に行ってきた。
初めて担当ドクターと会ったが何だかな、これが「名医」かと。
家族から聞いていた印象とは全く違った。
はじめに大阪で離れて暮らしている長男であることも説明して
先生に同じ話をさせて手間をかけて申し訳ないと断りを入れた上で
今後の治療の選択肢とその効果や生存率についてなどなど
初めての僕にも質問をする自由をいただきたかったのだが。

何だかな。

決して説明を拒むわけではないけれど
二言目には
「この前からご家族に説明しているのと同じ内容ですが」
「前回お渡ししてる紙に書いてある通りなんですけどね」
「まぁ何度も同じ説明になっちゃいますけど」

めんどくさいんかい!って突っ込みたい気持ちをグッと抑えて。
ぶっちゃけあと何年、いや何か月ですかと。
その問いに対しても「この前の紙に書いてますけどね」と。
もう一度あんたの口からはっきり言うたらええがな!と心でキレた。

待合室で待ってる親父は今まで僕以外の家族には
積極的治療を望まない、手術も抗がん剤もやりたくないと
そう言ってたそうだけど。

今日僕の説明を聞いて、はじめて手術して治るのかな、とか
効くお薬があるのならやってもいいかな等とつぶやいていた。

もちろん抗がん剤が効くか効かないかは運しだいみたいな所がある。
激しい副作用なんてイメージが独り歩きしてるし。
でも効く人には本当にあっさりと、ケロッと効くことがあるらしい。

僕の考えは抗がん剤をやってみて合わないとなったら止めれば?
というものだけど。それが家族にはどうにも受け入れられない。
治療費の問題もあるから無職で貧乏の僕が言っても説得力が無い。

でも、最後に決めるのは親父本人だから。
昨日まで「別にいいよもう死ぬときは死ぬんだから」と言ってたけど
今日になって「治療で治ることもあるのかな」と言い出した。
認知症ではあるけれどもう少し半年でも3か月でも延命出来たら。
それはひょっとしたら本人にも家族にも残酷な事なのかもしれない。

あまりにも愛想のないドクターの説明に途中であきらめちゃって
簡単にお礼を言って廊下に出た僕にさっきまで診察室にいた看護師さん
「ちょっといいですか」と話をはじめた。
彼女のお父さんが食道がんで亡くなった時の話をしてくれた。
彼女は看護師で、お母さんとともに緩和ケアをすすめたのだと。
つまり痛みを和らげて静かに終末期を迎える準備をしようとしていた。
ところが彼女のお兄さんが製薬会社の社員で、
「抗がん剤が効くか効かないかはやってみないと分からない」
「効かないとわかってからやめればいいじゃないか」と言ったそうで。
それを聞いて当のお父さんもお兄ちゃんの意見に同意したのだという。

結果的にお父さんは数年前に亡くなってはいるが
そういう選択肢もありますよと。まぁ僕の考えと一緒だったけど。

大腸はもう閉塞してしまうのが時間の問題で
ステントを入れるか人工肛門の手術をするかの決定が必要。
家族は何もしないという選択肢を推しているらしい。
僕は、自分で食べて自分で出す、QOL(生活の質)を保ちたいので
ステントを入れて自己排せつをしてほしい。
それと同時に抗がん剤治療を試してみて可能性を探りたい。

ドクターに質問して唯一はきりとした意見が聞けたのが
「もはや手術で切り取るような段階ではない」
「全身に転移したがんに効くとしたら抗がん剤しかない」という
ハッキリとした見解だった。そこだけ僕の中でストンと腑に落ちた。

37年ほとんど一緒にいなかった僕と、
その反対にずっと一緒だった家族と、親父に対する思い入れも違う。
延命させたいと思うより苦しみを与えたくないという気持ちもわかる。
こんな例えは良くないが「びーち」の最後に開腹手術を選んだのは
万に一つでも可能性があるのならやってみたいと言う僕のエゴかな。
有名な大病院で入退院を繰り返し、お腹の張りの不自然さを訴えても
「ただの食滞です」と聞き入れてもらえなかった。
確かに投薬や点滴で一時的に元気になった時もあった。しかし急変。
忙しい外注のドクターに電話連絡さえしてもらえず放ったらかしで
どんどん衰弱する「びーち」を抱いて無理やり転院させてもらって
そこで初めて内臓の大半に蔓延した膿瘍が発見された。
手遅れだった。「びーち」は眠ったまま息を引き取った。

何が正解で何が間違いかはわからない。
あのままゆっくり衰弱してグッタリして死んでいくのを見守るべき
自分が楽になりたいだけ。そう言ったご意見もいくつかいただいたが。
最後に自分の判断で数時間でも数分でも寿命を縮めてしまった罪悪感
それを胸をかきむしって自問自答している飼い主がいたとして
僕ならばそんな強い言葉は掛けられない。

認知症の親父に「最後は本人が決めること」と言ってもままならない。
だとしたら治療方法は家族に任せるとして残りの期間をできるだけ
僕は一緒に過ごすしかないしそれが一番いいのかな。
日本人の平均寿命も超えて、認知症も現れて、末期がんの余命宣告。
無理やりに引っ張らなくても穏やかに最期を迎えたい家族の気持ち
それが普通なんだと思う。

僕は、僕一人が、今まで離れていた時間を少しでも取り戻したくて
それでひとりで死を受け入れられなくて駄々をこねているだけ
きっとそうなのだろうし家族からもそう思われているのだろう。

人生はやり直しがきくことときかない事がある。
ちょっと気が付くのが遅すぎたよ、親父も僕も。


病院から帰ってきて老人会のカラオケ教室に、ちょっと遅れて。
「息子なんですけど今日は親父と一緒に居ていいですか?」
そう聞くと優しそうなおじいちゃん、おばあちゃんが「どうぞ!」
「お兄ちゃんも歌う?」と聞かれてやんわりお断りした。
今日は親父がヒーローになる日。

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親父の番が来て最初の歌は「お富さん」、
♪死んだはずだよお富さん、生きていたとはお釈迦様でも・・・
シャレにならない歌詞だな親父。でもとても気持ちよさそうだ。
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笑ってる。みんなの拍手を浴びて親父が笑ってる。
しゃべる時はししゃがれた声で蚊の鳴くような細い息で
何を言ってるか聞き取りにくいのにマイクを持ったらこの声量。
活舌もよく声を張って元気に歌ってる。
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モニターの字幕だってちゃんと読めてる!音程もテンポも合ってる!
この老人会の中の誰よりも上手に歌えている!すごいぞ親父。

歌を歌う時だけ別人のようにしっかりするんだな。



千葉の僕の離れの部屋に洗濯機が無かったので
個人売買のサイトで中古の洗濯機を3000円で譲ってくれる人がいて
今日さっそく持ってきてくれたんだけど。
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外観はまぁまぁきれいだったのに、いざ試運転してみたら
洗濯槽の水の中にヘドロのようなモロモロや落ち葉みたいなのが
わんさか浮いてきて・・・。
そういえば「しばらく外に置いてあったものですので注意」
そんな事が書いてあったっけ。でもねぇ・・・。
置いてあったなんてレベルじゃなくて捨ててあったものじゃない?

というわけでかれこれ5回目の空洗濯をしております。
水道代もバカにならないよ・・・。(+_+)
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by beach_house_2 | 2018-11-01 23:39 | 日記 | Comments(2)